私は以前より「和」という言葉になにか違和感を感じていた。「和がブーム」「和風」「モダンな和」等々、いろいろに使われるのだが、この「和」がどのようなものであるか、的確にイメージできないまま過ごしてきた。しかし最近、私自身納得できる「和」の解釈にたどりついた。
飲食店の仕事が多く、あるクライアントと話をした時である。「最近、日本の中では食べ物の国境がなくなってきている。まず、和食といっても日本食ではなく、各国の食材や調味料、調理方法を使い、日本固有の料理とミックスして、トータルで和食と呼んでいる。日本食のボリュームが大きいため、和食として成り立っている」
「フレンチにもイタリアンにも日本の食材、調理法が使われている。カテゴライズすると、フレンチ、イタリアンかもしれないが、これもトータルでフレンチなり、イタリアンなりのボリュームが大きいので成り立っているのだ」
これは飲食の世界にとどまらず、音楽、スポーツ、芸術、建築、インテリア、プロダクツ、etc.あらゆる世界でも同じ事が言える。
「和」を辞書で引くと(調合する、適当に混ぜ合わせる)とある。ということは、日本のものと海外のものとが混ざり合った状態、その生活様式が「和」「和スタイル」であり、その中で日本のボリュームが大きい場合に日本を感じて、海外のボリュームが大きいとその国を感じているのではないか。だから、和風という言葉はおかしいわけで、日本風、イタリア風、フランス風、etc.というように明解な表現を使わないと「和風」「洋風」ではあまりにもファジーで、インターナショナルな表現ではないのではないか。
日本で空間デザインをしていて、いまや海外からの商品や様式、技術、素材などを使わずにデザインすることは不可能であり、それらが使われたスタイルが「和」である。だから、しっかりと日本を意識して、日本のデザインをし海外のものを混ぜ合わせるバランス感覚を自分のものにできれば、海外から見ても、現在の日本のデザインと言えるものになっていると思う。
最後に剣持勇が残した言葉を紹介します。
「日本の家具には自分がない。自信がないから他人の後ばかり追いかけている。だから私たちデザイナーは、まず自信をもって自分を大胆に出すことが必要だ。外国の様式やデザインの動向を気にする必要もないし、そうかといって日本的であることを無理に意識する必要もない。ただ「自分」であることが大切なのだ」
(「ジャパニーズ・モダン〜剣持勇とその世界」)
杉木源三